アートの真髄 - 裸足のアーティストに魅せられて - Dengon Net

アートの真髄

2007-10-31
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先日、長い長い日本出張から帰ってきた。まずはアボリジニアート展を2ヶ所で開催、来年の展覧会の会場下見やら、打ち合わせやらで駆け回り、その間に田舎の両親に顔を見せ、地元の同級生達とも再会をする。

昔、小学校で一緒に机を並べていた彼女達も、みな早いうちに結婚して、そろそろ子育てにも一段落した頃。今度は自分の人生を見直して、何かやりたいんだと、口にしていた。

「その点、真弓ちゃんはひとり者だからいいわよねー。気楽でしょう? 私も外国に住んで、好きなことやってみたーーーい」と、オレ様がまるで毎日お気楽人生をエンジョイしているに違いなかろう…といった口ぶりではないか。

そこでオレ様、ちょっと声を大きくして主張する。

「自由でいるということは、大変なる責任なんだ!」

しかし、誰もそんなこと聞いちゃぁいない。みんな、ケーキパクパク食べて、芸能情報で大盛り上がりだったからね。まあ、それはそれでよい。人間それぞれ、自分の人生は自分自身が「選択」しているんだから。

そのオレ様が「選択」したのは、まぎれもなくオーストラリア先住民、アボリジニ達の描く、深遠でユニークな芸術“アボリジニアート”。

今回は、このアートについて、少し真面目にお話をさせていただこう。ここでまずお断りしておきたいのは、オレ様が決して、民族学者でも美術評論家でもないということだ。たまたま、ご縁をちょうだいして、砂漠で暮らす豪州先住民達と長くお付き合いするひとりの日本人というだけ。だからこそ、みなさまと同じ目線で、アボリジニ達と接することができるのだ。そう、みんな同じ仲間なのだ。

オレ様が瞬く間に惹かれたのが彼らのアート。だって、それらは我々が日常認識している美術とは、まさに対極的なものだったから。

そもそも、オレ様がこれまで理解していた美術というのは、まず目で見て、美しいモノとして心を動かされるもの→それらが不特定多数の人達に公開される(美術館がまさにそうでしょ?)→たくさんの人達に意味を説明されて、おまけに批評までされたりする→カタログとなって印刷され、「モノ」として販売される→→→できるだけ多くの人達に「観てもらう」ことに価値を置いた美術であった。

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それに対して、アボリジニたちが描く絵というのは、部族間での通過儀礼を通じて、その内容を正しく理解する資格を持った人間だけが「観る」ことを許される「秘密の情報」だったのである。しかも、おもに男性のみに明かされていたところが大変興味深い。そこらのオンナ・子供にゃー、簡単には見せらんねーーってことだったらしい。オレ様、自称半分オトコであるから、もしかしたら半分だけ観せてもらうことは可能だったかもしれない。

いやはや…万が一、その掟破りのオンナ・子供がいたら、それこそ「死」をもって罰せられていたというから、ふざけている場合じゃないっぺ。

それほど、アボリジニの絵の中は、知るべき者にのみ公開される重要な秘密だらけだったのだ。しかも実際に描かれていたのが、大地の砂の上と、自分達の身体だったゆえ、永久的に残すものでもなかったところが、これまたおもしろいではないか。

そこへ1971年、砂漠で暮らすアボリジニ達に新たな画材が紹介された。それがキャンバス地とアクリル絵具だった。ここから、現在におけるアボリジニアートの流通市場がスタートした。

しかしながら、それまで見せてはいけなかった絵を、突然、多くの人達に公開することを余儀なくされた彼らに、当然のことながら混乱と戸惑いが生じた。うっかり大事な暗号をキャンバス地に描いてしまったために、長老から非難を受けて、罰せられた男性もいたという。

アボリジニアート、一大事だ!

そこで幾多もの協議の結果、現在、我々が目にすることのできる作品は、アウトサイダーにも公表が許される、ギリギリのラインで描かれているという。

それでも1971年代当時は、アボリジニアートを“美術”として「観る」人々など、とてもおらず、むしろ完全なる研究対象として、人類学者達を中心とした、かなり限られた人達にしか関心を引かなかった。

それが1980年代後半に、海外で展覧会を開催し、予想外の反響で、数々のメディアに大きく取り上げられたのだ。

「アボリジニアートは、人類最古から継承されている素晴らしい現代アートである」

さぁ、そんな大きな注目を、海外が先に向けちゃったもんだから、本国オーストラリアは、実にたまげたらしい。何しろ、これまで、アボリジニの芸術を美術として価値付けするどころか、未開の野蛮人たちが描く、なんだかよくわからないアートとして評価していたんだからね。展示する場所も、もっぱら美術館ではなく、博物館だったし。

それが今や、オーストラリア政府は、アボリジニの住む各居住区(コミュニティ)にそれぞれ公立のアートセンターを設置して、そこへ数人のアートコーディネーターを雇用し、主に海外のメジャーな美術館や画商などとの渉外をさせている。もちろん、それ以外にもコーディネーター達の仕事は山ほどあり、居住区で暮らすアボリジニ達が、いつでも自由に作品を描ける環境を作り、その作品が本物であるという保証書を作成し、地方都市で企画展をしながら、若手の画家の作品をプロモーションするなど、まさに寝る暇もないほど、忙しい生活を送っているのだ。

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オレ様も、アボリジニ村へ行くときには、大抵、このアートセンターに入り浸って画家達の描く作品に見入っているのだが、そこはいつ訪れても人だらけ。何しろ居住区では、アートセンターだけが、唯一クーラーが効いているゆえ、画家以外の子供や大人、おまけに犬までもが、そこで一日中、何をするわけでもない時間を費やす。たまに、作品がまだ乾かないうちに、犬がキャンバス地の上をテクテク歩き、見事に足跡を残していくことも。あぁ…。これがニューヨークやパリのメジャーな美術館に購入されるのかと思っただけで、ため息が出ちまうオレ様だった。

彼らがキャンバスに描く模様は、決してでたらめに描かれているわけではない。それは遥か太古に、自分達の祖先が旅をしながら見つけていった、水場を示す地図であったり、記録であったり。彼らは絵を描くことで、その記憶を蘇らせるのである。彼らが絵を描くことは、決して作品を作るのが目的ではなく、プロセスが何よりも大事だということをご理解いただきたい。だから絵を描く際に、あるアボリジニの画家は儀式の歌を歌うし、踊りを披露してくれることもある。見事としかいいようがない。

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現在、オーストラリア全土で「アーティスト」として活躍しているアボリジニは、およそ1,000人といわれているが、じゃあ、誰がアーティストなのか? なんてことを考えると、わけがわからなくなるので、やめておこう。我々、みんな歌は歌えるけど、音痴な人もいれば、歌手になれる逸材もいると考えればいいのではないかな。なーーんて、オレ様が勝手にそう理解しているだけだが、いかがであろうか。

オレ様の人生にアボリジニアートが登場してきて、もはや15年。その間には随分と様々な変化が見られたのを、今更ながら実感する。

未開の美術から、いきなりメジャーデビューを果たした彼らの美術。でも、描かれているストーリーは、何ひとつ変わっちゃいない。変わったのは、市場で販売される価格だけだ。

去る7月には、サザビーのオークションで、アボリジニアートが過去最高落札価格を記録して、大きな話題になった。その落札価格は、何と2億4,000万円。

作者は数年前に他界している。ちなみに余談であるが、オレ様、この作者から、生前にプロポーズを受けている。「今度、2人っきりで狩りに行こう」と耳元でささやかれたことがあった。もし、あのとき、あの申し出を受けていたら、今頃オレ様は…。

アボリジニアートの今後の行方に、大きく注目したい。そして今度、有名画家からプロポーズをされたときには、迷わずお受けしたいと思っている。

●アボリジニアートやアーティストのことを知りたい人は、 http://www.landofdreams.com.au/