天ぷらの話 その6 - 食べ物・料理・味の旅 - Dengon Net

天ぷらの話 その6

2007-08-01

いやー、何とかやっとのことで、種が油の中に入ったようだ。天ぷらは、この入油のときが一番大切だ。揚げ手はこの瞬間に神経を研ぎ澄まし、ネタ、衣、油を最良の状態にもっていく。ほかの料理と異なり、天ぷらは後の手直しがきかず、手を加えれば加えるほど質が低下する。そこに、この料理のむずかしさがあるといえるだろう。

発祥地の上方では野菜種が中心の、屋台の辻売り程度だった天ぷらが、江戸で発達した理由は、東京湾で獲れる、いわゆる江戸前の小魚が豊富だったからである。なかでもクルマエビは、現在の羽田から船橋辺りまでのものと限定されるほど、うるさかった。

アナゴ、ギンポウ、貝柱、イカ、キス、ハゼ、シラウオ、ネズッポ(別名メゴチ)などが用いられ、いつの間にか、天ぷらは江戸のものとなってしまった。その頃の江戸では、天ぷらは魚介類に限られ、野菜は精進揚げとして区別していた。

江戸前での天ぷらには、浅草流と銀座流があった。今でこそ判別がむずかしくなっているが、その昔は揚げ方を見て、どちらで修行したかわかったそうである。銀座流は衣が薄く、ネタを油に入れたままであったのに比べ、浅草流は衣がやや厚く、しかも表面にきれいに花を咲かせていた。

ネタを鍋の縁から滑らせて油に入れ、広げるようにして、揚げ上がりを大きく見せるように揚げた。この花を咲かせるのは、ネタを入油した直後でなければならず、衣が固まってしまってからではいうことをきいてくれない。そのためには天ぷら専用の太い粉箸の太い側でネタをつかんで入油させ、花衣をつける。細い箸だと手間がかかってしまい、うまく花を咲かせられない。

揚げ出しのタイミングは、衣の表面が固まり、食材から出る気泡が小さくなってきたとき。そのためには、ネタにきちんと火が通るように、素材の仕込み方も吟味する。とくに火通りの悪いさつまいも・にんじん・かぼちゃなどは、あまり厚く切らず、ときには材料に隠し包丁を入れる。

イカ類は曲がりやすいので、裏面に出刃包丁のつけ根で切込みを入れるし、エビを伸ばすときに入れる切込みも、揚げ時間の短縮になっている。素材の鮮度・溶いた粉・揚げ油の状況にもよるが、衣の色が薄黄色から薄茶色になり、揚げ音もチリチリと乾いてきたら、出し頃のサインだ。プロの料理人は色の変化より、この音の変化に神経を集中し、揚げ時を見極める。

天ぷらに限らず、どんな料理でも、調理に携わっているときは五感のすべてを駆使する。目(視覚)・耳(聴覚)・鼻(嗅覚)・口(味覚)・手・指・歯(触覚)であるが、そのうえに経験から得た第六感(ヒラメキ)をも使うのだ。

本来、天ぷらは、高温の油による素材の脱水作用である。素材の持ち味を逃さず、脱水のみを行えば、カラッとした味の良い、舌触りの優れた揚げ上がりとなるはず。油切りをしっかりとするため、揚がった天ぷらは縦にして油を切り落とす。

揚げ終えた油は、なるべく熱があるうちに、紙や布・綿で漉し、油缶かビンで保存する。油は空気に触れることや、残存の水分によって酸化し、質が低下する。修行時代には、「油の一滴、血の一滴」といわれ、鍋や揚げ台についた最後の一滴までゴムベラでこそげ取って漉したものだ。

粗熱の取れた油は、冷暗所に保存する。次に揚げるときには、この油に新しい揚げ油を足すと、油の力も戻り、より良い揚げ油となる。ただし、使い古しの油を長期保存すると、酸化が進み、油特有の臭みが出てくるのでご注意。

それではみなさん、がんばって揚げてみてください。