前号では、鰻の養殖について書いたが、この養殖プロセスは未だ発展途上で、現在の最大課題は人工孵化である。1973年に北海道大学が初めてそれに成功し、2003年には水産総合研究センター養殖研究所が完全養殖に世界で初めて成功したと発表した。
完全養殖とは、人工孵化した稚魚が成魚となり、それが次の世代を成し得たことを指す。そのためには最短でも三世代を見守らなくてはならない。人工孵化とその直後の養育成功率はかなり低いうえ、長大な時間と莫大な費用がかかるので、まだまだ「研究の域内」である。現時点では、養殖種苗となるシラスウナギを捕獲成長させる方法でしか、商業的には実現していない。
鰻は鰓呼吸をするが、皮膚呼吸もでき、雨上がりの地上を移動することもある。少量の水と酸素を入れたビニール袋の中に数匹の鰻を入れておくと、2、3日は元気でいる。この方法で国内外に活鰻を空輸している業者もいる。
養殖鰻と天然鰻は、胴回りの太さと腹の部分の色で見分ける。一般的に天然鰻の方が養殖鰻より胴回りが太く、腹も黄色がかっている。天然鰻はあまり市場に出荷されていない。漁師さんが契約している鰻料理店に直納しているからだ。この天然鰻を専門に扱う老舗にとっては、天然食材の確保は、その暖簾を守る為の一大バトルでもある。
鰻の一通りの説明が済んだので、いよいよ調理における関東と関西の扱いの違いについて話してみよう。
関西風では鰻を割く時、腹から包丁を入れ、頭から尾までを皮を下にして並べて串を打ち、素焼きにした後、照りが出るまでタレを付けながら焼き上げるのが一般的である。割いた後、じかに焼き上げる為、脂肪分が抜けず、鰻本来の濃厚な味に仕上がる。地域によっては、頭を落としてから焼く方法もある。
頭だけを「半助」と称して、かなり以前から売っていた。頭部の骨や軟骨を包丁の峰や刃で叩き砕いたものを、焼鳥のように小串に刺し焼いた物もあり、これは思いのほかやわらかくおいしい。後に関東にも伝わり、“カブト”として売られた。「半助」は料理のダシにも良く、古くから使われていた。鰻の頭と野菜や豆腐を土鍋で煮た「半助鍋」は、料理人の半助が考案したので、その名がついたといわれている。
関東風では鰻を背開きにする。割いた鰻をいくつかの大きさに切り分け、竹か金の串で打つ。串の大きさから、関西のを大串、関東では小串と呼ぶ。この小串を素焼きした後蒸し、適度の脂肪分を抜き、タレをつけて焼き上げる。蒸すことにより、肉や皮もやわらかくなり味もやや軽くなる。なぜ蒸すようになったのか定かではないが、地鰻の脂肪の乗り具合の差によるのではないかといわれている。
関東風の割き方は、江戸は武家社会の為、切腹を連想させる腹から包丁を入れることを、縁起をかつぎ忌み嫌ったことによる。また蒸す為には、背開きでないと身がくずれやすいという不都合もあった。
一方関西は商人の町なので、「腹割って、儲け話でもせえへんか」と腹から包丁を入れたとの説もある。これらの調理行程をスムーズに進めていくのに、関東、関西、中京とそれぞれ異なった形の割き包丁が使用される。
この東西の分岐点は、かつての養殖鰻産業の中心地浜名湖辺である。俗に湖の東側は関東風、西側は関西風(中京風も含めて)といわれている。
