
出会った人達に支えられ、得たものがたくさんある。それを「変換機」としての身体で、表現していきたい
日本人のブレイクダンスのプロがワークショップをやっていると聞いてお邪魔した。Hiphopの要素の一つとしてあげられるブレイクダンス。ストリートダンスの一種として浸透しているが、彼は、その激しいダンスからは想像もつかない、謙虚でにこやかなダンサーだった。
たくさん筋肉をつけなくてもできる
学校で習う逆立ちや側転は、頭が下になったときに床を見るように顎を前に出すやり方です。これはケガをせずに簡単に習得できる方法です。でも本来の身体の動かし方は、逆立ちでいえば、1本の棒のように立ち、腕を真っ直ぐ上げて顔も正面を見たまま逆さまになればいいのです。手が体の前に位置にしなくても倒れません。ただ、慣れないと怖いのでなかなかできません。犬や猫を見るとわかりますが、たくさん筋肉をつけなくても、理論にのっとったやり方であれば楽にできることなのです。
月1回のワークショップは、そういった身体の動かし方を覚え、運動不足を解消し、身体で何かを表現したい、同じ興味を持った友達を作りたいという人のために始めました。
ブレイクダンスは、筋肉トレーニングをして根性でがんばればうまくなるのではなく、身体の質をかえて本能的な動かし方を覚えていくことが必要です。もちろん基本のステップもあります。そして、自分は他の人がケアしないところ、たとえば、どこで呼吸するか、眼球の動き、首の動かし方などにも注力しています。
フリースタイルのときは、そのときの自分を表現します。ショーをチームで踊るときは、テーマに合わせて踊ります。ソロで踊るときは、30~40秒、長くて1分ぐらいですが、全力疾走しているのと同じくらい体力を使うのですよ。
子どものころからやんちゃな悪ガキ
小さいときから、エネルギーがありあまっていたので体を動かすことが大好きでした。 高校生のときにローラーブレードである程度の成績は出していましたが、けがをしてやめてしまいました。そんなとき、よく行っていた店でレイバースの太さんに出会いました。彼はとても厳しい人で、「このままでいいのか」と彼のダンススクール(リズムファクトリー)に通うことを勧められました。また、飛龍会の伊藤氏に「シンプルな体の動かし方」を教わりました。彼らに会っていなければ、挫折したままズルズルと何もしていなかったかもしれません。
当時のクルーリーダーは大橋氏で、8時間は練習する「ダンス漬け」の毎日でした。
ダンスを始めて3年目、2001年10月に渡豪し、2002年、2003年と連続してBOTYで優勝しました。ダンスを通じて妻とも知り合いました。
今は、練習は週に2~3回2時間ぐらいやっていますが、日常生活でもリビングで逆立ちしたり、テレビを見ながらストレッチしたりしています。好きな音を捉え、それに身体を反応させていくのです。
オーストラリアに来てよかった
漠然と外国には憧れはありました。でも外国に行くすべも知らず、大橋氏の知り合いのダンサーがオーストラリアにいることもあって、ワーホリで渡豪しました。
2001年にシドニーでX‐GameというBreak Dance Championshipがあり、言葉はわからないけど踊りでは負けないと芝生の上でパフォーマンスしたら認められ、ケガをしているメンバーの穴埋めでそのままステージに上がって優勝しました。
英語は実践で覚えました。いじられキャラなんですよ(笑)。日本人で面白い奴がいると、わざとスラングを言わされたりしていました。でも、相手の言っていることを聞こう、理解しようと思って一緒に練習したりしているうちにどんどん覚えました。今でも経験していないことにあたるとわからないことがありますが、それも聞いて覚えるしかないです。
ブレイクダンスは、アメリカのサウスブロンクスが発祥の地。そこを目指してやっている人もいますが、いかに身体の性能を上げ、気持ちとリンクさせるかが今の自分の課題なので、やりたいことが違うのです。
オーストラリアではリラックスでき、人に感謝することを覚え、多くの人に出会うことができてラッキーです。
いつまでも現役でいたいですが、死ぬときに「あぁ、ダンスやってきてよかった」と後悔のない人生にしたいですね。

