
アートを一人でも多くの人に知ってもらい、日常の生活に取り入れてほしい
8月に行われたMelbourne Art Fair 2006のために来豪した金さん。ワークショップの後にも地元のギャラリーを精力的に周り、新人発掘や新しい作品を探していました。流暢で細やかな心遣いのある日本語を話す穏やかな人柄。それとは裏腹のエネルギーに圧倒されました。
メルボルンはアートに対する意識が高い
今回初めてメルボルンに来ました。音楽や美術など文化的な意識が高いところと聞いていましたが、レベルが高く組織もよくできていると思います。
人々もとてもオープン。市や州政府が文化活動をバックアップしているのは素晴らしいことです。色々な国に行きましたが、たいていはお金持ちが個人ベースでやっていますから。
ここは、ヨーロッパの伝統的なもの、アメリカの新しいものがミックスされた独特の大陸、という感じがしますね。
今回のMelbourne Art Fairでは、日本、韓国、中国からの出展もありましたし、アボリジナルアートも多く、がんばっているのがわかりました。
学生時代の貴重な経験
韓国の大学卒業後、アメリカで美術史と学芸員になるための勉強をしました。
在学中、大学の小さな美術館でアルバイトをし、カード書きや掃除、作品の展示など美術館の仕事を一つひとつ身体で覚えることができました。展示会開催前日まで、搬入や設置など体力的にも大変な仕事です。
最近若い人達に人気があり、派手な仕事のように見えますが、キュレーターというのは一人でやるのではなく、いろいろな人と協調性を持ってやらなければ、できない仕事というのもそこで実感しました。
留学した大学のある街は、リベラルな雰囲気のある街で、ちょうどその頃、天安門事件で中国から亡命した有名なアーティストの展覧会が決定。そのアシスタントをさせてもらうことができました。難しい時代を経験してきたからこそ、今、それが活きていると思います。
キュレーターという仕事
キュレーターは、庭師と同じような役割です。種を選別し、大きくなるまで育て、木になったらカットしていい形を作る。いわば、アートと人との仲介役です。いい作品を制作しているのに人目に付かないアーティストを発掘するのも醍醐味です。
キュレーターはマネジメントもします。森美術館は平日でも1日に約1500人の来館があります。たくさんの人が見にきてくれれば、入場料が安くできます。
そういった経営面でのお金のことから、アルバイト時代にやっていたような館内のこまごました現場の仕事、プロモーションはどうするか、なども含めトータルで考えなければなりません。
テーマを作って展覧会をとおして、オーディエンスに何を見せるか、どうコミュニケーションするか、そこに責任があるのです。
アートの存在価値
アートというと、堅苦しく感じてしまう人もいるかと思いますが、まずは数をたくさん見てほしいです。
そうしているうちに目が洗練され、見分ける力がつきます。自分の好みも尊重して精神的な刺激を受けるようなクリエイティブなものを見つける。
それがカードのような小さいものでも、生活空間に取り入れると気持ちが落ち着いたり、インスピレーションが湧いたりします。そうしてアートを日常生活に取り入れていくことが大切だと思います。
アートは絵だけはなく、立体もあれば、新しい発明品のようなものもあります。何を意味しているのか、作者の伝えたいことが何か伝わってくれば、それがどんな形体であろうと関係ありません。
逆に伝わってくるものがなければ、その作品はいいアートとはいえないし、アーティストはその責任を果たしていないと思います。
現在2009年に向けて上海で美術館の立ち上げの準備をしています。中国ではアートを見に来る人はまだ少なく、来館者は森美術館の5%ぐらい。
これから現代美術がもっと発展する国なので、やりがいがあります。キュレーターの役割は国を超えてどこでも同じ。これからもいいアートを世界中の人にみてもらえるようにがんばります。

