レーシングマネージャー 田中敬太 - インタビュー - Dengon Net

レーシングマネージャー 田中敬太

2006-12-05

観客席で見ていたメルボルンカップが、現実のものに!留学時代の友達の応援が何よりの糧になりました

1861年にスタートした歴史ある国民的行事といえるメルボルンカップ。今年11月7日、第146回のレースに日本馬が1着2着を独占したのは、まだ記憶に新しいことでしょう。この快挙を成し遂げた舞台裏には、競馬の世界に惹かれ、オーストラリアへ留学した学生さんがいました。

門戸が開かれているオーストラリア

中学生のときから馬が走るのを見るのが好きで、テレビで競馬中継をよく見ていました。馬の美しさに魅せられていたのです。

男の子はよく「スポーツ選手になりたい」と憧れますが、僕の運動能力は大したことがなく、自分の力ではどうにもならないと思ったので、計画や戦略を立て、頭を使う部分を活かせば、一番になれる可能性を秘めている競走馬の世界を選びました。

日本では馬に乗るには体重制限がありますし、競馬学校の厩務員課程に入るには難しい試験があります。馬に乗れないと厩舎では働けないのです。すでに体重制限をオーバーしていたこともあって、日本の競馬学校入学は諦め、競走馬の本場で勉強したいと思い、まずシドニーの語学学校、そしてメルボルンの語学学校に通いました。

その後、ハンターバレーのTAFEで競走馬の勉強。この留学生時代2001年、2002年とメルボルンカップを見ましたが、いつかここに来るときは、観客ではなく馬と一緒に来たいと思いました。

競走馬の仕事

競走馬に関する仕事の求人募集は、あまり多くないので、仕方なく最初は別の仕事をしつつ、馬に携わる仕事を探しながら過ごしていました。

今年5月に「海外遠征サポートスタッフ募集」というのが「角居勝彦厩舎」から出ていて、「これだ!」と、応募。自分はオーストラリアでほかの人がしていない経験をしてきています、とアピールして入ることができました。

角居勝彦厩舎は、優秀な馬を何頭も輩出しているところです。しかもチャンスがあれば世界中どこにでも馬を連れて行こう、世界に通用する馬を育てようという姿勢があり、スタッフのモチベーションも高いチームです。入れたのは本当にラッキー。これまでにも、アメリカ、ドバイ、香港と馬を走らせた経験があります。

現在ここで、厩舎事務をしています。馬の調教や世話をするのではなく、馬主から預かった馬の餌代、治療費、業者への支払いなど預託料の管理・会計処理をしています。馬の調子を馬主へ報告するのも仕事の一つです。

また、海外遠征の際にはいろいろな準備や手続きもします。特にオーストラリアは検疫が厳しいので、今回は大変でした。

環境の変化に動じない馬を

今回、レーシングビクトリアから働きかけがあり、馬主からも2頭をメルボルンカップに出そうという話がまとまり、調教師、調教助手、騎手、装蹄師など、総勢2頭と8名で遠征しました。

フレミントン競馬場は、日本のどの競馬場よりもコースが大きく、芝の丈が長く水を含んで足にからむので、馬力のある馬が選ばれました。

1着になったデルタブルースは、いつも、どこに行っても食欲旺盛で、スタミナがあります。調教のときは動きが重いのですが、レースになったら闘志をむき出しにし、並ばれても抜かせません。2着のポップロックが追い上げてぶつかったとき、闘争心が燃え上がったのでしょう。

ポップロックは、普段は大人しく扱いやすい馬。ところがレースの前になるとガラッと変わり、いつもと違う場所に行き、大勢の観客の前に出されると、もうすぐレースをするのを感じとり、落ち着きがなくなってうるさくなります。ですが、最近は気性面の成長が大きく、レースに集中できるようになってきました。

今回うまくいった要因は、2頭一緒に遠征したことが、良い結果を生んだと思います。元々馬は1頭では生きていけず、集団で群れをなして暮らしているので、同じ厩舎の仲間がいることが心強かったのだと思います。

騎手は馬の性格を把握し、ある馬には、レース前半はなだめすかし後半は「行け行けどんどん」、ほかの馬のときはずっと叱咤激励というように、1頭1頭違う乗り方をします。調教師と厩舎のスタッフは、毎日の世話、調教をし、レースに向けて仕上げていきます。

メルボルンカップは特別

日本でも競馬場には多くのお客さんが来ますが、メルボルンカップの注目度の高さはおそらく世界一です。

レースの次の日、岩田騎手と街を歩いたのですが、「おめでとう」「テレビで見たよ」「サインしてください」とみんなに声をかけられました。「日本のレースで優勝しても、こんなことはありえない」と岩田さんもびっくりしていました。

どの新聞にも1面で取り上げられ、光栄に思いました。そしてなにより、留学中に知り合った友達が応援してくれたことが、嬉しかったです。来年も出場できるようにがんばります。