
「書」の美しさを世界中で共有したい
KAZARI collectorでの北陸書道院の作品展に伴い、3月10日(月)にNational Gallery of Victoria で、書道のデモンストレーションがありました。200人以上の観衆を集めたのは青柳志郎先生。笑顔を絶やさない中にも、「書は国際的な美」と語る力強さを感じました。
なぜ書道を始めたのですか?
書道を始めたのは中学生の頃からです。字を書くことが好きで、知り合いの書家に教えてもらいながら、そばでよく墨を磨っていました。25歳の時に、日本の書家の登竜門と言われる日展(日本美術展覧会)に入選し、書家としてスタートしました。
これまで多くの作品展をし、指導もしてきました。教える時は、まず、基本の縦の線、横の線をしっかり練習してもらいます。その後は、水に飛び込んでバタバタしているうちに上手に泳げるようになる水泳と同じで、書道は筆に墨をつけてやってみることから始まり、理屈をこねるよりもどんどん書くことでうまくなっていきます。
古典を臨書する技術は、上手に似せて書く、形をまねる、といろいろありますが、書く早さ、リズム感等は、経験から割り出していくことになります。古典をしっかりやっておくと、その経験で技や感性等、基盤となる創造力が総合的に貯まります。
筆を持って50年以上になりますが、今後も中国や日本の大家の古典を振り返り、臨書を重ねていきます。規範である彼らが何を表現しようとしていたか、それを探っていきたいです。
世界各地でデモンストレーションを始めた理由は?
漢字、ひらがな、かたかなは、欧米では異文化ですが、書の美しさは国際性を持っていて、国を超え、論理を超えて理解できるはず、と思って始めました。国際的な公約数としての「書」を広めるつもりです。

たとえば、中国の書と日本の書は、中国料理と日本料理程の違いがあると思います、中国の書は、論理的で構造的、日本の書は直感的で叙情的とでも言いましょうか。とはいえ、同じ漢字文化ですから、「書きっこ」をすると、その人が何を考えているか、すぐわかります。今回のようなデモンストレーションで、反応がいいのも中国ですね。彼らはかたくなに伝統を守り、技に誇りを持っています。
島国の日本は、いろいろな国の文化を取り入れてきています。だから、今回お見せしたような、中国の書を現代風にアレンジしたもの等を書いて見せたりすると、意識がひっくりかえるのか、驚きながらも、おもしろがって見てくれます。
ハンガリーやペルー等では、半紙の一部をちぎって持ち帰る人もいました。白と墨の黒をエキゾチックなものと捉えたようです。今日のデモンストレーションの後にも、「自分が書いてみたい。筆を持たせてほしい」という方がおられました。海外ではよくあることで、そういった気持ちを大事にしてあげたいです。
どういうふうに鑑賞するといいでしょうか?
書道でも、漢字部門、かな部門、戦後西洋絵画の影響で文字性を拒否した前衛的な現代書部門、てん刻部門といろいろとあります。私の専門は漢字部門ですが、プロとしては、なんでも書けなくてはいけません。通常は、書く前に長い時間をかけて、言葉の意味や表現方法を考えます。一つの作品を創り出すのに、少なくとも100枚は練習をします。
今日のような場合は、インスピレーションで書くという点に違いがありますが、50年の経験があるので、紙に字が自然に浮かんでくるような感じで書くことができます。どちらにしても、書には、書いた人の人間性やその時の心がストレートに反映されます。わかりやすく言えば、大胆な人は、字も大胆です。
白と黒だけの世界ですが、墨の濃度、にじみ、かすれ等、目に見えてわかることはもちろん、書いた人の心を読み取ってもらえればと思います。
青柳 志郎