
5月15日からImmigration Museumで “Kimono:Osaka’s Golden Age”が開催されています。これに先立ち、約130点の江戸~明治時代の着物類とともに来豪した、大阪歴史博物館学芸員の中野朋子さんにお話をうかがいました。
後世に伝えたい日本の文化
姉妹都市提携30周年の催し
今年はメルボルン市と大阪市の姉妹都市提携30周年。これを記念してメルボルン市側から大阪市へ“着物”を扱った展覧会をしたいとの相談がありました。
日本の着物の歴史は1300年以上もありますが、メルボルンの人が見て、自分の知っている歴史に置き換えられる年代でないと理解しにくいと考え、展示物は江戸後期から明治にかけて、1850年代から1900年代の着物が中心です。この時期は、メルボルンで、ちょうど入植が盛んで栄え始めた頃なんです。
もっとも、着物というのは脆弱なので、古くなりすぎると移動も難しくなります。“状態の良いものを”と考え併せると、やはり150年くらい前のものになりました。そうした意味から通常の展示は4週間ほどが限界ですが、今回は異例の4ヶ月間。その為、国内を含め他都市へは移動できないので、Immigration Museumのみでの開催となります。
“火消しの服”は必見
“着物”というと一般的に女性物が多くなりますが、江戸時代は身分に応じて皆が着物を着ていたので、展示では子供物、男女の大人物、上下(かみしも)等の公式の衣装に分けています。
メインの展示となるのは、江戸時代の婚礼衣装ですね。近現代のものも展示するので、その違いも見比べられると思います。ほかにも、ヘアピン、ミニチュアの鬘(かつら)、お歯黒の道具、大阪の生活を描いた本等、当時の大阪の暮らしがわかるものを多く展示します。
また、特に注目して欲しい展示物は“消防服”。オーストラリア人は消防士が大好きと聞いていたので、当時の火消しの服も持ってきました。これは今回の展示物の約7割を占める、当時の大阪の豪商・鴻池家出自の着物の中でも、10代目善右衛門が趣味で作らせた未使用品と伝えられていて、七福神と大泥棒という2種類の絵柄が非常におもしろいんですよ。
文化は守らなければ育たない
私の現在の専門は、江戸時代の中・後期の大阪の人達がどういう暮らしぶりだったかを衣服の面から復元していくという、大阪の衣生活の研究です。
大阪は“食い倒れの街”として有名ですが、江戸時代の後期には日本で一番のお金持ちが住んでいた、つまり日本随一の経済都市でした。お金があるということは、衣食を始めすべての文化が豊かになり創造も多かったということで、この展覧会の副題Osaka’s Golden Ageがまさに意味するところですね。
文化が疎かにされがちな昨今の大阪にとって、大阪文化を海外に知ってもらうのは良い機会であるとともに、“文化は守らなければ育たない”ということを大阪人が認識するべきで、それはまた日本文化の保護へともつながっていくのです。
後世に伝えていって欲しい大阪文化
着物というものは、染料や再利用されてしまう関係で、原型を完全に留めては残りにくく、必然的に絶対数が少なくなってしまう為、研究の範囲が狭くなってしまいます。
だからこそ、今回の展覧会を通して、大阪という場所が豊かな文化を持っていたということ、日本の江戸末期は色彩豊かな日々の暮らしがあったということをメルボルンの人達に知ってもらいたいですし、日本人には、そんな知られざる日本の一面を知るとともに誇りに思い、後世に伝えていって欲しいと思っています。
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中野 朋子 ナカノ トモコ
大阪歴史博物館学芸員。1989年~同志社大学文学部、同大学院で染織史を学ぶ(専門は正倉院裂の研究と大阪の服飾文化)。1997年~大阪市立博物館(2001年より大阪歴史博物館に改称)学芸員(工芸担当)、現職。
