荒 明美(グラフィック デザイナー) - インタビュー - Dengon Net

荒 明美(グラフィック デザイナー)

2004-08-01

荒 明美(あら あけみ) プロフィール: 1962年 山口県生まれ 高校卒業と同時に東京のグラフィックデザイン会社で、雑誌のレイアウト、パッケージデザイン、イラストレーションなどをやる。 1988年来豪。政府機関やデザイン会社でデザイナーとして仕事をした後、インターネット関連企業での経験を経て、キャンベラに1999年デザインスタジオを設立。

「決められた枠の中でお客様の要望を紡ぐことに ベストを尽くす、オーダーあっての職人に徹したい。」

-デザインを仕事として意識し始めたのは?

アニメーターの叔父に幼い頃から影響を受けていたと思います。目の前でTVの人気キャラクターを描いてもらったり、スケッチやセル画などを見て真似をしていました。お寺の墓石や神社の賽銭箱に絵を描いたり色を塗ったりしたこともありました。子供心に「きれいなものを造ったなぁ、誉められるかなぁ…」と思っていたらこっぴどく叱られ、がっかりした思い出があります。 幼稚園・小学校低学年の頃は、「お絵描きセット」と傘を入れたズタ袋を持って、大人には祖父母のところへ行くと偽り、電車をキセルしながら親切な人からお弁当やミカンをもらいながらスケッチ旅行を繰り返し、問題児扱いされていました。中学生の頃からは洋画にハマって、好きな映画スターの似顔絵を描いたり、映画雑誌を切り抜いて独自の本を作ったりしていました。高校になると映画会社の宣伝部か、デザイン会社に就職したいと考えていました。

私をよく知る叔父に「美大に行った方がいいのかどうか?」と相談すると、「全く必要なし!」と言われました。性格の問題もあるようですが。彼の紹介で高校卒業と同時にデザイン会社に入り、必要なことはほとんど実践で学びました。仕事は誰かに教えてもらうのではなく、自分に与えられた役割をきちんとこなしながら、先輩達の仕事ぶりを盗むものだとわかりました。

―仕事を始めてどうでしたか?

入社した当時、東京都内を原稿取りに走らされていましたが、会社に戻る途中「寄り道・買い食い」に夢中になり、大切な原稿を置き忘れてきてしまうこともありました。忙しい時期は毎晩11時、12時…。2ヶ月間は休みなし…などというのは当たり前。楽しいものが多い東京で生まれて初めての一人暮らし、遊びたい盛りの年代には辛かったですね。

―なぜオーストラリアへ?

深い考えや大志は全くなかったです。当時たまたまキャンベラに幼稚園からの友人が交換留学生で来ていて、彼女に誘われて気楽に来豪しました。日本では仕事が忙しくて、一度長期でどこか海外に滞在してみたいと考えていました。フラリとやってきたキャンベラで、ふとしたキッカケで仕事をすることになり、そのままなんとなく現在に至っています。

―初めてのオーストラリアでの仕事は?

たまたまキャンベラで知り合いになったイギリス人がグラフィック・デザイナー。National Science & Technology Centre(Questacon=科学技術センター)の新築にあたって、展示物関連のさまざまなデザイン・イラストなどを担当してくれないかと頼まれました。 オーストラリアの同業者達は、どうやって仕事をしているのか興味があって引き受けました。肩書きは『美術コンサルタント』でしたが、実際には展示物の説明イラストや、壁にかける5m四方の絵、パンフレットなどの挿絵を描き続けました。 科学技術センターは連邦政府機関だったので館長が移民局に連絡して、観光ビザを政府関連のフルタイム職に就けるビザに切り替えてくれました。 National Science & Technology Centre も無事に竣工、業務も軌道に乗ってキャンベラでの仕事が一段落した後、そこの取引先の一つであった『南半球で最大』といわれていた大手デザイン会社から誘われて移籍、インハウス商業デザイナーの一人としてメルボルンの本社で仕事をしました。そこは、キャンベラの公務員的ゆっくりペースとは全く違い、同じ社内でも競争が激しく、またオーストラリア国内大手、世界的な大企業の仕事ばかりを手がけていたため、プレッシャーもかなりありました。そこで、自分の英語力のなさを痛感することになったのです。

これまで「デザインはビジュアルよ、言葉の違いはあまり気にすることはない!」と、あさはかにも考えていた自分が恥ずかしくなりました。やはり言葉は基本ツールなんですね。本気で『きちんとした英語』を学ぼうと思い立って学校へ通うことにしました。大学の英語コースと職業専門学校に行ってビジネス英語もやりました。すべては独り立ちしたいがための準備でした。それなりに英語を自由に使えるようになった後、『世界が広がった』ことをはっきりと実感できました。

―仕事をしていくうえで心がけていることは?

ウェブデザイン&サイト構築のビジネスを始めたのが8年前。現在では70%ぐらいの依頼がウェブサイト構築、DVDやCD作成などのデジタル関連になっています。現在は日本人パートナーと二人で会社をやっていますが、彼がプログラムやマルチメディアを担当しており、私はデザインとイラストが主な仕事です。

心がけているのは、決められた枠や制約の中でクライントの要望を立体的に紡ぐことにベストを尽くし、お客様に喜んでいただくことです。

営業や交渉役を引き受けてくれる上司や同僚たちに囲まれていた若い頃は、「こうじゃなきゃダメ!」と、自分の考えばかりを押し付けるところがありましたが、予算に限りがあったり、アルゴリズムがあったり、社内の規制があったりと、クライアント側にもそれぞれ事情があることを最近ではよく理解できるようになりました。自分自身の考えを表現したり、描きたいものを創るアーティストと違い、私自身はオーダーあっての職人だと思っています。


荒さんの「NEKOデザインスタジオ」 →http://www.neko.com.au/