プロフィール: 1963 年宮城県生まれ。 日大芸術学部文芸学科卒業後、Boston Museum Schoolにて美術を学び、その後仏政府奨学金を得てパリのCite des Art(国際芸術都市)に1年滞在。97年よりメルボルンのVictorian College of the Artsにて修士課程を修める。200 Gertrude Streetにてstudio residency、NZ,Waikato工科大学にて客員芸術家プログラムを経て、現在はメルボルンのDianne Tanzer Gallery において定期的に作品発表をしている。並行して環境問題をテーマにしたパブリックアートプロジェクト’Breathing Soilも各地で行っている。絵本作家としても活動しており、日本の福音館書店などから作品を出版している。
アートの仕事は、世の中にこれ以上素晴らしい仕事はない、と断言できるほどやりがいのある仕事です。
―文芸学科を出てから何故アメリカ へアートの勉強をしに行かれたの でしょう?
大学在学中、現在の夫と会って「人生を消費者として生きるのでなく、一生かけて尽力するに足りうるものを創りだす生産者として生きるべきだ」という彼の世界観に刺激を受けたことが大きいです。私は当時なんとなく文芸創作の勉強をしつつ出版社でアルバイトをしていましたが、漠然と文筆業にあわない自分を感じていました。しかしそこで記事に挿絵をつけるうちに絵を描くことに目覚め、美術こそ自分の道だ、という確信のようなものを得て方向転換を決意しました。その時、現夫が交換留学生としてアメリカの大学におり「自分もやるなら世界へ出よう」と発奮、ボストンへ飛びました。後は美術まっしぐらの人生です。
―英語の勉強はどのようにされたの ですか?
外国語というものは、必要に迫られ苦労して努力したことで身に付くものだと思います。私の体験では、まずアメリカで親友ができて共に暮らし、彼女と人生を語る事で生きた英語が身に付きました。また、美術を学ぶ上で自分の作品を論理的に語る必要があり、これには苦しみましたがその分上達しました。それから十数年して来豪し、今度は大学院で修士論文を書く、つまり文献を読んでリサーチして論文にまとめるという事でこれまた苦しみ、おかげで読み書きはかなり上達しました。それに、今回の来豪は子連れだったため、そういったコミュニティーの中で使う英語も上達しました。
語学を学んでいる若い方たちにぜひともお伝えしたいのは、「語学」という抽象的に独立したものは決して存在しないということです。それよりも、自分の人生をどのように生きていくか、英語を使って何をするのか、ということを考える事こそが一番大事だと思います。語学力はそれに即して身に付くものです。
私にとって象徴的なのは、フランス語です。ボストン滞在後、仏政府給費奨学金でパリに1年滞在したのですが、当時はずいぶん仏語が使えるレベルに達したと思えたものでした。しかしそれから使う必要がなくなると、見事に忘れてしまいました。だから一時的にできたとしても、使う必要がなくなれば筋肉と同じでしぼんでしまう、ということです。
―海外に出てよかったと思ったこと、 困ったことがあったら教えください。
よかった事は、心底からすべてをわかちあえる一生の友達ができた事。現在、森の近くの家に住んで、2人の子供にシュタイナー教育をうけさせてやれる事。マイノリティーとして暮らしている体験が、様々な世の中の常識、世界の政治状況、環境問題などを違う角度から考えさせてくれる事。子供達が多文化社会の中で架け橋となって育ってくれる事などでしょうか。 困った事は、日本の小説がなかなか手に入らない事! また子供のための日本語の絵本童話へのアクセスがないことです。それが理由で4年前から我が家の絵本棚を解放して「メルボルンこども文庫」という小さな集まりを始めました。
―絵本も作られていますね。
良質な絵本は、子供の心の中に豊かな土壌を培う力を持っています。自然の豊かな場所で耳をすませながら遊ぶ事もそうでしょう。そういう事は子供の創造の世界を広げるための大切な心の栄養です。こうした「子供の心の土作り」に自分の仕事で携われる喜びは、絵描き冥利に尽きます。
―最後に「アーティスト」の仕事は どういうものなのでしょう? こ れからの豊富もお聞かせください。
アートの仕事というのは、世の中にこれ以上素晴らしい仕事はない、と断言できるほどやりがいのある仕事です。だって地球上に全く存在しないものを自分の考えで生み出す事ができるのですから。また、同時にこれほど苦しく責任の重い仕事もありません。絵本の仕事も同じですが、お手本もないし、誰も教示してくれる訳ではありません。一人で何日も試行錯誤してやっとできたと思ったのに、朝見てみたら話にならない、などという辛い時期が延々と続くのです。しかし「自分は必ずここを突破する」と何の根拠もない確信を抱いて、暗闇を光りめがけてともかく歩き抜くわけです。そしてたどりつく光のなんと素晴らしいことか! そうした「創りだす苦しみと喜びの行為」は人間にだけあるものですが、根源的な生きる喜びに匹敵します。
現在ダンディノン山の豊かな自然の中で暮らしています。もうすぐ2才の息子と近くの森や湖を散歩して、子供が寝ている間を制作にあてています。作りたいものが山ほどあるのに時間が足りないのが悩みの種ですが、こうした家族との自然の中での豊かな時間を、作品作りの原動力としてより深い思索のこもった作品を作り出すことが、今後の目標です。
1月下旬に Fitzroy の Dianne Tanzer Galleryのsmall room にて個展の予定です。詳細は chacokato@mac.com まで


