石原 敏郎(伝言ネット発行人) - インタビュー - Dengon Net

石原 敏郎(伝言ネット発行人)

2005-01-15

―オーストラリアに来たきっかけは?

25年ほど前に、何人かのオーストラリア人、ニュージーランド人に日本で知り合う機会があって、割と恥ずかしがり屋だったりする彼らの性格に親しみを感じ、こういう人たちがいる国で仕事ができたらな、なんていう幻想を抱き始めましてね。ちょっと習った指圧で永住権とって日本語学校をやろう、と甘い考えで乗り込んできました。それからのことは、酒でも飲まないと語れない聞くも涙、語るも涙の日々でしたが。

―最初の印象はどうでしたか

なんと料理のマズイ国かと思いましたね。でも、あれから20年、移民の料理が浸透して、料理の方は格段に良くなりましたね。 それから、土日はどこもお店が閉まって不便でしたが、これももう、昔の話しです。この20年でオーストラリアは本当に大きく変りましたね。 それから、移民が多くて、自分が外国人ということをそんなに意識しないですぐ溶け込めそうな気がしました。

―伝言ネットを発行し始めた経緯は?

実は、伝言ネットはメルボルンで1996年11月に創刊されたんです。その時は吹けば本当に飛んでいってしまった4ページ。そして、昨年の3月にブリスベン版を発行し始めました。まっ、言ってみればブリスベン版はメルボルン版の兄弟分。ブリスベンが好きでこの地で生活している人たちに少しでもお役に立つ情報を届けたい、という思いでやっています。

―これからの活動は?

先日日本に帰ったとき、本屋さんでオーストラリア観光ガイドの本を見たんです。メルボルンは申し訳程度に数ページ、次にブリスベンを探してみたら、これがどこにも無いんです。ショックでしたね。ゴールドコーストの玄関口としての扱いなんですね、このブリスベンは。いわゆる、「素通り感覚」。 思いましたねえ、「このブリスベン発のブリスベンの情報紙にこだわってやっていこう!」と。 5年後、10年後のブリスベンを見据えて情報をブリスベン発でお伝えする、そんな気持ちで一杯です。今、ブリスベンにはいろいろな日系のサービス業がお店を開いているんですよ。面白くなってきています。そういったブリスベンを日本の皆様にもアピールしていきたいですね。

―最後に、伝言ネット読者に向けてメッセージをお願いします 今、日本のお祭りとかをブリスベンでできないか、という話をしています。その他、いろいろな面白い企画も、他のセンターの人たちと話しているんです。伝言ネットはそんな地元に即したさまざまな情報を伝えて、皆さんと一緒に活動していきたいですね。雑誌自身は中身があって捨てられない、もしくは捨てるまでに時間がかかる情報誌を目指して今年も爆進していきます。

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

プロフィール:石原 敏郎(いしはら としろう)|伝言ネット発行人

1976年   某大学某コース7番で卒業。但し、全員で8名。同年某建設機械会社入社。体格でインド、パプアニューギニアを担当。 1980年   パプアニューギニア出張で裸族と親交。 その際、シドニー事務所も訪問、オーストラリア初体験。 1983年   インド出張で一悶着。サラリーマンの悲哀を経験。 1984年   某建設機械会社退職、某日本語教師養成校入学。 1985年   来豪。オーストラリアに魅了され住み着く。 1987年   すったもんだの挙句永住権取得。 1988-96年  TAFE などで日本語教師として教える。 1996年11月 伝言ネット メルボルン版創刊。 2004年3月  伝言ネット ブリスベン版創刊。現在に至る。