壇辻 雅博 Snow Brand Australia Managing Director - インタビュー - Dengon Net

壇辻 雅博 Snow Brand Australia Managing Director

2005-02-25

仕事もプライベートもがんばりすぎず、自然体でいきたい。

野球少年だった壇辻氏は仕事もスポーツも全力投球。メルボルン日本人コミュニティの中でもひときわ輝く存在です。 チームプレーで「結果を出すこと」に魅力を感じていらっしゃいます。

雪印オーストラリアについて

雪印オーストラリアは三つの柱で成り立っています。日本は牛乳、乳製品の不足分を補うために総需要の3分の1を輸入に頼っています。雪印オーストラリアも多くの乳製品を輸出しています。二つ目は「ユニコーン チーズ」というカマンベールチーズの豪州国内生産、販売。三つ目は粉ミルクを生産し、アジア諸国への輸出です。

雪印乳業入社の動機は?

当時北海道で雪印乳業といえば憧れの企業。酪農も好きだったので、北海道大学獣医学部にいたときから「ここしかない」と決めていました。 獣医でも専門が分かれていて、私は乳牛が専門でした。乳牛は産業動物といって、おっぱいをたくさん出させるために、人間が改良したので、乳房の病気が結構あるのです。酪農家から牛乳を購入するためには健康管理をし、いい乳牛を育てる必要があり、その仕事に携わりたかったのです。

仕事上心がけていることは?

「いかにいい結果を出すか」ですね。これはどんな場面でもいえます。たとえば、牛が難産だったとします。無事に子供が生まれれば母牛はお乳を出すようになります。その上子供を助ければ、成長してお乳を出すようになるかもしれない。つまり両方を助けなければ「いい結果」ではないのです。治療費をかけてどちらも助けられないのでは、どうしようもありません。 結果は数字に表れるものだけではないと思っています。会社の財務結果は数字で表れわかりやすいのですが、品質を良くしていくことやブランドイメージ、名声を高めていくような数字には表れない結果も大切ですね。

スポーツや仕事以外の活動を多くされていますが…

スポーツも同じです。どんな競技でも、個人で活躍したい気持ちはどこかにあると思います。でもそれを我慢して組織としてベストなパフォーマンスをし、結果を出すことに意味があると思います。現在は日本人社会の軟式野球、ビクトリア州の硬式野球、タッチフットボール、ラグビー、ゴルフを中心にやっています 水泳やジム通いは、チームスポーツを楽しむためにやっているようなもの。それに、スポーツはおいしいお酒を飲むためでもあります(笑)。 北海道大学卒業生の「エルム会」、阪神タイガース好きが集まる「猛虎会」などみんなで時々集まって宴会しています。長くこちらに住んでいますから自然に仲間が増えていますね。頼まれるといやとはいえない性分でもあるし、年齢が高いほうなので音頭取りしています。

ご家族との過ごし方は?

子供達が小中学生の頃は、トンガやサモアなど南洋の島によく遊びに行きました。オーストラリア国内では家族でキャンプもしました。いい思い出です。今ではみんな大きくなり、次男だけが今も同居していますが、ほかの子供たちは日本でそれぞれの道を歩んでいます。 私の趣味はスポーツ、妻の趣味は音楽でコーラスの指揮者、バイオリン、ピアノ、と音楽三昧。一時お互い我慢してそれぞれの趣味についていこうとしたことはありますが、無理があるのがわかり、お互い好きな趣味で別の人たちと活動したあと、夕方待ち合わせして食事に行ったり、ワイナリーめぐりをしています。食べることと飲むことは共通の趣味なので。

これからの抱負は?

人生一度しかないので、そのときそのときを大事にし、楽しんで創造していきたいです。


壇辻雅博 (だんつじ まさひろ) 1953年生まれ 1976年 雪印乳業 北海道に獣医として入社 1981年 東京の国際部で世界各国からの輸入をコーディネイト 1989年 来豪、メルボルンオセアニア駐在事務所長 1996年 東京に戻り、国際部で新ビジネスのプロジェクトに 1998年 雪印トレーディングオーストラリアの社長としてメルボルンに赴任 2001年 雪印オーストラリアの取締役社長に就任、現在に至る。