回り道をしてきたように見えるけれど、結局は好きなことを続けてきた - インタビュー - Dengon Net

回り道をしてきたように見えるけれど、結局は好きなことを続けてきた

2006-02-16

2005年の「ワンダーバスジャパン」にて。

今年の日豪交流年は文化的な交流にも注目が集まっています。そんな中、これまでも巡回バス「ワンダーバスジャパン」や日本映画祭など、オーストラリア人に日本の文化を伝える中心的役割をになってきたジャパンファウンデーションのアート&文化交流部の許斐さんにお話しを伺いました。

映画三昧の学生時代

中学生のころから映画が大好きでよく観に行っていました、大して勉強もしない学生で、大学在学中は年に150~200本ぐらい食事代も惜しんで映画鑑賞。2日に1本は観ていた計算になります。最高記録は1日4本。丸一日ずっと映画館で過ごしました。ジャンルは問わず、洋画は何でも観ましたね。

大学に入ってさすがに勉強しないといけないと思い、通訳ガイドクラブに入りましたが、これが大誤算。約400人の部員の組織立った体育会系のクラブで、まるで会社のようでした。英語で京都を外国人に案内するのですが、新入生はまず、どの寺院、神社にするか決めた後、構内に本物そっくりのミニチュアを作ることから始めるのです。それには設計図が必要で、そのお寺に取材に行って釘や角材まで同じように作るのに命を賭けることになりました(笑)。私たちの作品は宇治の平等院。そこは池に映る阿弥陀如来が有名なので、それも本物そっくりに作りました。英語の勉強どころじゃなくなりましたが、住職さんが見学に来てくれ、あまりに出来がよかったので一時期平等院の中に預かってくれました。これは嬉しかったですね。   英語は結局学内で外国からの留学生を捕まえて、「しゃべりまくって」養いました。話す内容はもちろん映画のこと。映画以外の話になりそうな時もうまく起動修正して映画の話しをしました(笑)。好きなことならいくらでも英語で話ができるのです。

「企画力」をゲーム作家から学ぶ

みんなが就職活動に忙しいころ、なんだかアホらしくなって50ccのオートバイで日本1周しました。東京にゲーム作家の知り合いがいたので立ち寄ったときに、ひょんなことから弟子入りし、大学4年の時は毎週末大阪から通って「アイデアを出す特訓」をさせられました。思えば、その経験が今に繋がっています。   文章の書き方もその人に教えられ、出版社に2年間勤めました。そこではマンガやヘアカタログなどの編集に携わりましたが、今度はビジネスに興味が出て塾を立ち上げました。

英語を教えることは決めていましたが、差別化を図らないと塾の経営は難しいと思い、子どもたちの好きな「ディズニー」を教材から鉛筆1本にいたるまで、ディズニーランドに買出しに行って200万円ぐらい使い揃えました。小さい子どもはもちろん、中学生は英語だけみっちり教えるので成績が上がり、しかも「この塾は楽しい」と評判になり、200人ぐらい生徒が集まりました。

ただ英語を教えているわりに、ネイティブのように英語が話せていない自分に気がつき、ブラッシュアップしたいと、その後オーストラリアの大学の都市計画科に入学しました。入学前にシドニーでホームステイしたとき、その家主はイギリスなまりがひどく、その英語がわからない不安のまま学校に行きました。初めは授業もわからなかったのですが、キャンパスが田舎にあって日本人は一人もいなかったので必然的に1年間日本語は聞かず英語漬け。それが一番よかったのだと思いますが、シドニーのホームステイ先に戻ったとき、イギリスなまりの英語もわかりました。

イベントに向いている「自分発見」

大学を卒業し、「ここに残りたい」と思い就職活動をしました。友人が「ジャパンファウンデーション」を紹介してくれましたが、どんな機関か全く知りませんでした。よくわからないまま入ったのですが(笑)、映画やイベントをやっていることが自分にあっていると思いました。ゲーム作家に教わった「アイデアを出す特訓」がここで活きています。そして何もないところから空間を作っていくことを始めて、気がついたら13年、大小合わせて200本以上のイベントを担当しました。   ジャパンファウンデーションは、独立行政法人で以下の四つの柱があります。①芸術・文化交流 ②日本語事業 ③日本研究・知的交流 ④情報交流 そのうちの芸術・文化交流を担当しており、豪州の人々に対して日本の芸術文化を紹介するのが役目です。

イベントは、プロデュース、コーディネート、マーケティングの三つが成り立たないとうまくいかないのですが、これまでやってきたことがすべてここに集約されているのです。プロデュースは企画力、コーディネートは塾の立ち上げ時に何が必要か、どう実行するかを考え、マーケティングは編集のときに宣伝の仕方を覚えていました。   これからはマーケティングにもっと力を入れていきたいです。イベントは動員数や収益数で評価しやすいのですが、質の高いものをやっても人気がなければ動員数は上がりません。それで結果がよくないと判断するのはおかしいと思うのです。   自己満足で終わらせないためにも、マーケティングで伝えることがうまくできるようになりたいと思っています。限りある予算の中でどうインパクトのあるものにしていくか。そのためにも質のよいものを見続け、オーストラリアにあらゆる分野の日本の芸術文化を紹介していきたいと思います。

許斐 雅文 (このみ まさふみ) 1960年 兵庫県生まれ、大阪育ち。 関西外国語大学卒。ゲーム作家に弟子入り。1984~1986年 集英社で編集。英語塾を立ち上げたあと来豪。ニューイングランド大学を経て、1993年 ジャパンファウンデーション(シドニー)に。