ショーン・ロウ(アスリート・男子400m走オーストラリア代表) - インタビュー - Dengon Net

ショーン・ロウ(アスリート・男子400m走オーストラリア代表)

2006-04-05

3月20日、MCGの大画面に映し出されました。一次予選通過。準決勝で惜しくも決勝進出ならず。

常にパーソナルベストを出したい

小学校3年生から走ることを始めました。学校の先生から走り方を教えてもらい、父親が好きだったこともあって同時にフットボールもやっていました。

14歳の時腕の骨を折り、AFLを休んでいた間も走ることだけは止めずにいたら、速く走れるようになり、フットボールはやめて走ることだけに絞りました。地元のクラブに所属し、クラブのコーチを受けながら2004年の世界ジュニア陸上選手権大会で入賞するまでそこにいました。

小さい頃は、ただ走るだけ100m走、200m走もやっていましたが、今は400m走に出ています。コモンウエルスゲームでの目標は、ファイナルまで残ってパースナルベスト(PB)を出すことです。45.35秒を出せば、5位には入れるはずです。2005年からコーチを変えて1シーズンで1.5秒縮めることができたので、夢ではないと思っています。

400m走は、ただがむしゃらに走るだけではなく、ペース配分をうまく考え、精神的に強くないと走ることができません。今の僕のスタイルは、0~80mを強く走り、80~200mは95%の力を出し、200~300mでは思い切り走って、300~400mは死ぬ気で走り抜く、という配分です。

現在VIS(Victoian of Institute Sport)という州政府のスポーツ選手を育てる施設に所属していて、トレーニング法や食事、マッサージなどすべて管理されています。週に7~9回ぐらいトレーニングがあり、そのうち3回は1時間半~3時間ぐらい走り込み、その他の2~3回はジムやバレーにも行きます。

バレーは、バーにつかまってストレッチを多くやります。普段使わない筋肉を使い、ケガ防止やリカバリーにいいので。

ランナーは25~30歳がピークです。僕は21歳(コモンウエルスゲーム中に誕生日を迎えました)で、まだ、子どもの部分が残っています。トレーニングを続け、もっと力がつく25歳ぐらいには、400mを44秒代で走れるようになっていたいと思っています。

確かに練習はつらいことはありますが、何より走ることが好きなので、やめたいと思ったことはありません。3度の食事で栄養を摂ることと同じように、僕にとって走ることは必要不可欠なものなのだと感じています。

パフォーマンスが結果につながる

400m走は8人で同時に走り出す競技ですが、本番になるとまわりの選手も観客も気にならなくなります。むしろ観客がいるほうが気持ちが高揚して、アドレナリンが出ているから早く走れます。

走るときは、「落ち着いて自分の走りをしよう」と思うようにしています。だからコモンウエルスゲーム前だけど、今もそんなに緊張して見えないでしょう(笑)。昨日開会式に出るユニフォームをもらって、嬉しい実感がやっと湧いてきたところです。

現在はオーストラリア国内の400m走では、僕は3番目に早いのです。他の二人もいい友達です。このゲームが終わったあとも、2006~2007年のシーズン中にいいタイムを出せば、第11回世界陸上競技選手権大阪大会に行けます。44.5秒台を出せるように、自分のパフォーマンスを大事にしていきます。

日本とオーストラリアのために

縁起をかつぐために、オージーの友達からもらった小石が三つと母からもらったお守りがいつもバッグの中に入っています。それから走るときは赤い色のパンツをはいています。今日も練習があったからはいています(笑)。ランニングシューズの形をしたペンダントトップも外しません。

今は大会中だから、大学は休んでいるけれど、ビジネスと日本語を勉強しています。でも練習でなかなか学校にはいけないから、卒業まで5年ぐらいかかってしまうかもしれないですね(笑)。

リラックスするのは、友達とおしゃべりすること。音楽も好きで、最近凝っているのは、ターンテーブル。買って部屋で練習しています。

今回の出場には、父や母、妹、日本の祖父母もとても喜んでくれました。日本の祖父母には、「日の丸を持ってきてね」と頼んであります。

小さいころから母が日本語を話してくれていたおかげで、今も日本語で話ができます。来年「世界陸上」に出られたら、日本語でインタビューされても困らないように、もっと日本語もうまくならないと、と思っています。 今はアスリート食だけど、玄米も食べているし、日本食も大好き。

これからも日本とオーストラリア、両方の国のためにがんばります。