予期せぬ出来事続出、水不足さらに深刻化 - ニュース&トピックス - Dengon Net

予期せぬ出来事続出、水不足さらに深刻化

2006-10-16

豪レジェンド3人逝く

オーストラリア民主党の創設者、ドン・チップ氏が8月28日、長期にわたるパーキンソン病との闘病生活の後、肺炎のため、81歳で亡くなった。

ノースコートの労働者家庭出身のチップ氏の政治家としての経歴は地方議員からスタートする。60年に自由党から連邦議会議員として当選してからは、ホルト、ゴートン、マクマホン政権、フレーザー管理政権で大臣を務めたが、77年に離党。

同年、自由党、労働党に対する第3の政党として、「Keep the Bustards Honest(誠実な政治を)」をスローガンに民主党を旗揚げし、ビクトリア州の上院議員として当選を果たし、86年の引退まで、理想と情熱をもって政治に取り組んできた。

2日、メルボルン市内で、生前チップ氏自身が企画準備して営まれた州葬には、フレーザー元首相、キーティング前首相、コステロ蔵相、ブラック州知事ら、千人近くが列席した。

続いての訃報は、クロコダイル・ハンターで知られる、スティーブ・アーウィン氏(44歳)の9月4日の事故死。同氏は北クイーンズランドのポート・ダグラス沖で撮影中、アカエイに胸を刺されて死亡。

エッセンドンで生まれたアーウィン氏は、幼少の頃に爬虫類公園を開くという両親についてクイーンズランドへ。91年に両親の引退に伴って同園は、アーウィン氏に引き継がれてオーストラリア・ズーと改称され人気を得た。

92年にはテレビのドキュメンタリー番組「クロコダイル・ハンター」で一躍有名になり、96年にアメリカのアニマル・プラネットでデビューして以来「Crikey!(わおっ!)」をトレードマークに世界中でタレント、ナチュラリストとして人気を博してきた。

20日、オーストラリア・ズーで追悼式が営まれた。

更にアーウィン氏の訃報4日後の9月8日、今度はモーター・レーシング・ドライバーのピーター・ブロック氏(61歳)が、西オーストラリアでのターガ・ウェストラリーで走行中に事故死した。

事故はギジェガナップ(12・67km)の10km地点付近で、二つの連続左急カーブの二つ目を曲がろうとしたとき、ブロック氏の運転するコブラ・デイトナ・クーペが横滑りし、そのままガムの木に激突。即死状態だった。

「Peter Perfect」「King of the mountain」の呼び名で知られるブロック氏は、ハーストブリッジの出身。

70年代から80年代にかけて、バサースト1000、サンダンウン耐久レースでそれぞれ9度の優勝をおさめ、オーストラリア・ツーリング・カーチャンピオンシップで3度、レプコ・ラウンド・オーストラリア・トライアルでも優勝という快挙を成し遂げながらも、97年にフルタイムのレース・ドライバーを引退。その後はメディアに登場したり、モーター・スポーツだけでなくスポーツ全般に理解を示し、慈善事業や若者のための基金を設立するなど、そのハンサムな容姿、ユーモラスで知的な言動、そしてもちろん現役時代の戦歴に裏打ちされた才能は、オーストラリア国民を魅了してやむことはなかった。

州葬は19日メルボルン市内で営まれた。