たび重なるガルーダ機墜落、豪首相来日で共同宣言署名 - ニュース&トピックス - Dengon Net

たび重なるガルーダ機墜落、豪首相来日で共同宣言署名

2007-03-29

ガルーダ航空事故、オーストラリア人が犠牲に

3月7日、現地時間午前7時、インドネシアのジャカルタ空港からの百40名の乗客、乗務員を乗せたガルーダ航空ボーイング737- 400は、ジョクジャカルタ空港着陸時にスピードが速すぎたため滑走路を疾走し、2百8メートル先の田んぼで止まった後、爆発した。

パイロットを含む百18名の乗客の生存が確認されたが、5名のオーストラリア人を含む少なくとも22名が死亡した。オーストラリア人の死亡者はジャーナリスト、大使館職員、テロ対策の専門家である連邦警官などの政府関係者だった。テロや破壊活動などとの関連はない模様。

今回事故の起きた機体は15年間使用されており、この大惨事によりインドネシアの飛行機の資金不足による老朽化や安全手順問題が浮き彫りにされた。1月には飛行17年のアダム航空のボーイング737-400が海に墜落し、全乗客百2名が死亡。インドネシアでは過去2年半の航空事故による死亡者数は、少なくとも3百10名にのぼっている。

また1997年にはガルーダのエアバスA300がメダン空港へ接近中墜落し、乗客2百34名が死亡した。この航空会社はインドネシアの国際航空会社として1949年に設立。ヒンドゥー教の神鳥「ガルーダ」の名にちなんでつけられたが、皮肉にも過去15回の死亡事故が起きている。

事故の9日前、インドネシア運輸大臣ハッタ・ラジャサ氏は、10年以上利用しているすべての機体を廃棄する計画を発表している。

当航空会社はメルボルン、シドニー、パース、ダーウィンへも就航しており、今後のこのような悲惨な事故が起きぬよう、インドネシア政府の早急な対応が求められている。

迅速なオーストラリアの事故対応

2004年12月に25万人もの犠牲者を出したスマトラ島沖地震や、2002年のバリ島テロ爆破事件など、過去隣国で起こった災害対応の経験から、今回のオーストラリアの支援体制は非常に迅速だった。

事故当日には、負傷したオーストラリア人3名を、特別機でパースとダーウィンの病院へ送還した。ハワード首相はインドネシア人の重症患者をオーストラリアで治療する準備を指示した。ビクトリアン病院では早急に負傷者の受け入れ態勢を作った。

またオーストラリアのアレキサンダー・ダウナー外相は、現場へ向かい事故対応に協力し、負傷者の対応のため専門医療チームを現地に送り込んだ。また、6名の連邦警察のエキスパートが死亡者確認作業の協力のため現地入りしている。

事故発生後1時間以内に火傷の専門家であるフィオナ・ウッド教授に連絡が入り、すぐに協力を受けた。ウッド教授は2002年に起こったバリ島でのテロ爆破事件の際にも医療チームリーダーとしてインドネシアで協力している。

なお事故原因の分析のため、フライト・レコーダーはオーストラリア運輸安全局で調査されている。

免税品の機内持ち込み制限

3月31日よりオーストラリアへのアルコールや香水の免税品の持ち込み、持ち出しが厳しく制限される。機内に持ち込める液体、ジェル、エアゾール類は、1容器につき百ミリリットル以内とされ、合計持込容量は1リットル以内。 さらに、プラスチックバッグに入れて封をすることが条件。

液体物の機内持ち込みによる爆発の危険性を最小限にすることを目的とした今回の規制に対し、ヨーロッパの免税店業者の間では「今後オーストラリア行きの搭乗者には百ミリリットル以上の液体商品を販売できない」と、反対運動が起こっている。